建設現場では転倒・墜落・挟まれ事故など、労災リスクが常に存在します。
万が一事故が起きた際、労災保険の請求書類を正しく使い分けることが、被災者の補償と企業の法的リスク回避につながります。
今回は、建設業者が知っておくべき労災保険請求書類の種類と提出手順を、厚生労働省の公式様式に基づいて解説します。
労災保険の基本と建設業の特徴

労災保険(労働者災害補償保険)は、仕事中や通勤中にケガや病気をしたときに、国が治療費や休業補償を行う制度です。
建設業は危険を伴う作業が多く、転倒・墜落・挟まれ事故などが起こりやすい業種です。
だからこそ、労災保険の仕組みを正しく理解しておくことは、従業員を守り、事業を継続するうえで欠かせません。
労災保険の目的
労災保険の目的は、働く人の命と生活を守ることです。
現場で事故が起きたとき、治療費や休業中の生活費を補償し、安心して回復に専念できるようにするための制度です。
また、事業主にとっても、労災保険があることで高額な損害賠償を直接負担せずに済み、経営リスクを軽減できます。
労災保険の補償範囲
労災保険の補償は、次の3つの場面に分かれます。
- 業務災害:現場作業中の事故、機械操作中のケガ、資材の落下など
- 通勤災害:現場への移動中に交通事故に遭った場合など
- 職業病:長年の振動作業による手腕障害、粉じんによる肺疾患など
建設業では、現場内だけでなく資材搬入や移動中の事故も対象になることがあります。
「現場で起きたから労災」「通勤中だから対象外」と決めつけず、まずは労働基準監督署に相談するのが安心です。
建設業特融の立場の違い
建設業においては雇用関係が複雑であるため、立場によって労災保険の扱いが異なります。
基本的には、労災保険の請求主体は雇用関係のある事業主になります。
現場では「誰の労災になるのか」が混乱しやすいため、契約時に雇用関係と保険加入状況を明確にしておくことが重要です。
また、それぞれの立場によって次の点に注意が必要です。
元請業者
現場全体の安全管理責任を持ち、労災事故が起きた場合は報告義務があります。
元請工事をする場合は必ず労災保険に加入しておかなくてはなりません。
下請業者
自社の従業員が建設現場以外でケガをした場合、労災保険の請求を行う主体となります。
下請のみの業者であっても労働者がいる場合は、労災保険に加入できるケースもあります。
一人親方
労災保険の「特別加入制度」に加入していれば、自分自身が労災保険の対象になります。
未加入の場合は補償を受けられません。
労災保険制度別の違い
建設業では、工事の形態によっても労災保険の制度が異なります。
元請工事の金額によって、
制度を正しく知っておくことで、いざという時に慌てず対応できます。
一括有期事業
元請業者が、下請業者を含めて労災保険に一括で加入する制度です。
請求や報告も元請がまとめて行うため、現場全体で統一的に管理できます。
事業所の所在地を管轄する労働基準監督署にて成立させます。
単独有期事業
一括有期事業に含まれない建設現場の工事(1億8千万円以上の工事など)については、単独で労働保険を成立させなくてはなりません。
単独有期は、事業所がある場所ではなく、現場の場所を管轄する労働基準監督署にて成立の手続きをします。
特別加入制度
一人親方や中小事業主、家族従事者などが自ら労災保険に加入できる制度です。
現場でのケガや通勤中の事故も補償対象になります。
加入していない場合は、どんなに重い事故でも労災保険の給付を受けられません。
事務所労災としての労災保険
事務所内等でのケガも「業務上の災害」であれば労災保険が使えます。
現場だけでなく、事務所・倉庫・打合せ中など、仕事に関連するすべての場所での事故が対象になることを覚えておきましょう。
「現場ではないから労災にならない」わけではありません。
事業主は労働者を雇ったら、適正に労災保険に加入しておきましょう。
労災事故発生時の初動対応

労災事故が起きたとき、最も重要なのは「慌てず、正しい順番で対応すること」です。
現場では一瞬の判断が被災者の命を左右することもあります。
ここでは、事故直後から報告までの流れを、建設業者や一人親方の立場で整理します。
事故直後の優先行動(救護・現場保全・報告)
現場での初動対応は、「命を守る」「証拠を残す」「報告を怠らない」の3つが基本です。
慌てずにこの順番を守ることで、被災者の救護と法的手続きの両方を確実に進められます。
日頃からこの流れを共有しておくことが、万が一の備えになります。
救護(最優先)
まずは被災者の命を守ることが最優先です。
119番へ通報し、応急処置を行います。
現場にいる作業員が協力して安全な場所へ移動させましょう。
この時、健康保険証は使わず「労災扱いでお願いします」と医療機関に伝えるのがポイントです。
現場保全
救護が済んだら、事故の状況を写真やメモで記録します。
機械の位置、足場の状態、天候なども記録しておくと、後の報告や原因究明に役立ちます。
ただし、証拠隠滅と誤解されるような現場改変は絶対に避けましょう。
報告
上司や元請業者、家族への連絡を行い、労働基準監督署へ速やかに報告します。
特に休業が4日以上になる見込みの事故は、法令で決められた報告義務があります。
労働基準監督署への報告義務と期限
労災事故が発生した場合、事業主は「労働者死傷病報告書」を労働基準監督署へ提出する義務があります。
事故の規模に関係なく、休業4日以上の負傷・疾病・死亡事故が発生した場合は必ず報告しなければなりません。
提出のタイミングは事故発生後できるだけ早く(概ね数日以内)が原則です。
報告書には、事故の日時・場所・原因・被災者の氏名・負傷の程度などを記載します。
最近では、電子申請(e-Gov)を使ってオンラインで提出する方法も広がっています。
紙で提出するよりも早く処理されるため、現場の事務負担を減らすことができます。
また、下記のポイントにも注意しましょう。
- 休業4日未満の軽傷でも、労基署への報告を求められる場合もある
- 書類の不備や遅延は、給付の遅れにつながるため注意する
- 報告書の控えは必ず保管し、再発防止の資料として活用する
重大災害時の緊急連絡と現場停止措置
死亡事故や重篤な災害が発生した場合は、即時に労働基準監督署へ連絡します。
その後、現場を一時停止し、原因調査と再発防止のための安全確認を行います。
現場停止は「責任を問われるため」ではなく、二次災害を防ぐための安全措置です。
元請・下請・協力会社が連携し、再発防止策をまとめて労基署へ報告します。
労災保険請求書類の種類と用途

労災事故が発生したあと、補償を受けるためには正しい様式の請求書類を使うことが欠かせません。
建設業では、現場の規模や雇用形態によって提出書類が異なるため、どの様式を使うかを事前に把握しておくとスムーズです。
提出書類別・申請の概要
下記は、労災保険の主要な請求書類とその用途をまとめた一覧です。
| 様式番号 | 名称 | 主な用途 | 提出者 | 提出先 |
| 第5号 | 療養補償給付たる療養の給付請求書 | 指定病院で治療を受けた場合 | 被災労働者 | 医療機関→労働基準監督署 |
| 第6号 | 療養補償給付たる療養の給付を受ける指定病院等(変更)届 | 指定病院を変更する場合 | 被災労働者 | 労働基準監督署 |
| 第7号 | 療養補償給付たる療養の費用請求書 | 指定外病院で立替払いした場合 | 被災労働者 | 労働基準監督署 |
| 第8号 | 休業補償給付支給請求書 | 休業4日目以降の給付請求 | 被災労働者 | 労働基準監督署 |
| 第10号 | 障害補償給付支給請求書 | 障害が残った場合 | 被災労働者 | 労働基準監督署 |
| 第12号 | 遺族補償給付支給請求書 | 死亡事故時の遺族給付 | 遺族 | 労働基準監督署 |
| 第16号の3 | 療養給付たる療養の給付請求書(通勤災害用) | 指定病院で治療を受けた場合 | 被災労働者 | 医療機関→労働基準監督署 |
| 第16号の5 | 療養給付たる療養の費用請求書(通勤災害用) | 指定外病院で立替払いした場合 | 被災労働者 | 労働基準監督署 |
| 第16号の6 | 休業給付支給請求書(通勤災害用) | 休業4日目以降の給付請求 | 被災労働者 | 労働基準監督署 |
第5号、第16号の3などは、仕事または通勤が原因のケガや病気について、労災保険の指定医療機関等において無料で治療を受けるための様式です。
第7号、第16号の5などは、指定病院以外でいったん負担した治療費について、負担した費用の支給を受けるための様式です。
なお、通院するための交通費についても、一定の要件を満たせば支給されます。
第8号、第16号の6などは、療養のために仕事を休み賃金を受けていない場合に、その4日目から休業補償の給付を受けるための様式です。
様式は厚生労働省の公式サイトまたは労働基準監督署窓口で入手可能です。
主要様式ダウンロードコーナー(労災保険給付関係主要様式) |厚生労働省
提出は基本的に被災労働者本人が行いますが、会社の証明欄や賃金台帳等の確認書類が必要な場合もあるので、事業主が代理で提出することもできます。
様式別の提出ポイント
医師の証明欄・事業主印の有無
医師の証明欄は、療養・休業関係の様式(第5号・第8号など)に必須です。
事業主印は、労働者が所属する会社の証明として必要です。
添付書類の種類
費用の請求では、治療具の領収書やタクシー代などのレシートが必要です。
通勤災害では、家から勤務場所へのルートも添付します。
休業の請求では賃金台帳などを添付し、平均賃金を算出しなければなりません。
提出期限と遅延時の扱い
原則として、事故発生後できるだけ早く提出します。
遅延すると給付が遅れる可能性があるため、「事故発生日」「休業開始日」「提出日」の整合性を確認しましょう。
提出が遅れると、申請が認められるまでに時間がかかってしまいます。
その分給付も遅くなり、生活に影響が出る場合もあります。
また、労災保険法第42条により、提出には時効が定められています。
5号や8号などの給付については請求権に時効はありません。
一方、7号など費用については、支出が確定した日の翌日から2年を経過すると請求権が消滅します。
よくあるトラブルと防止策

労災保険の手続きは、書類や報告の流れが複雑なため、現場では思わぬトラブルが起こりがちです。
ここでは、建設業で特に多い3つのケースを取り上げ、原因と防止策をわかりやすく整理します。
健康保険証を使ってしまう
事故直後の混乱や医療機関側の誤対応により、労災ではなく健康保険証を使って治療を受けてしまうことがあります。
健康保険を使うと、後から労災扱いに切り替える手続きが煩雑になり、費用の立替や返金処理が必要になる場合もあります。
労災指定病院であれば、治療費は労災保険から直接支払われるため、本人の負担はありません。
業務に起因する怪我や事故で、指定病院ではない病院で治療を受けた場合は、全額自己負担で支払いましょう。
- 現場に「労災指定病院リスト」を掲示しておく
- 作業員全員に「労災事故時は健康保険証を使わない」ことを周知
- 医療機関に行く際は「労災扱いでお願いします」と必ず伝える
書類不備や記入漏れ・証明の不備
様式の記入欄が多く、印鑑や医師の証明欄の漏れが発生しやすいことが原因です。
特に第5号・第8号様式などは、医療機関・事業主・労働者の記入欄が分かれているため、確認不足で不備が起こりがちです。
書類不備は給付遅延の原因になります。
防止策として次の項目に注意しましょう。
- 提出前にチェックリストを使って記入漏れを確認
- 不安な場合は、社会保険労務士や労働基準監督署に事前確認を行う
- 書類の控えを必ず保管し、再提出が必要になった場合に備える
労災かくし
「軽傷だから報告しなくてもいい」「現場の評判が悪くなる」といった誤った判断で報告を遅らせるケースがあります。
しかし、労災かくしは労働安全衛生法違反となり、事業主に刑事罰が科される可能性があります。
報告を怠ると、企業の信頼を失うだけでなく、再発防止の機会も失われます。
「迅速報告=安全管理の証」と考え、誠実な対応を心がけましょう。
- 事故が起きたら、必ず労基署へ報告する
- 元請・下請間で報告ルールを明確化し、誰が報告するかを決めておく
- 現場責任者に「報告は義務であり、隠すことは違法」という意識を徹底
建設業の労災加入に関するよくある質問

労災保険は、誰でも・どんな立場でも「安全に働く権利」を守る制度です。
元請・下請・一人親方・外国人技能実習生など、立場が違っても基本的な流れは同じです。
「事故が起きたらすぐ報告」「正しい書類を使う」「期限を守る」を徹底することで、現場の安心と信頼を守ることができます。
ここでは建設業の労災請求に関するよくある質問をまとめました。
労災保険の請求は誰が行う?
提出者は被災者本人ですが、実際に雇用契約を結んでいる会社が労災保険の責任を持ちます。
建設業のように、元請が一括有期事業で労災保険に加入している場合は、元請がまとめて請求を行います。
現場で事故が起きた際は、まず「誰の雇用下で働いていたか」を確認し、報告・請求の責任者を明確にしましょう。
下請労働者の場合、事務所労災に関しては下請事業主が請求主体です。
一人親方でも労災保険を使える?
特別加入していれば請求可能です。
一人親方や個人事業主は通常の労災保険の対象外ですが、労働保険事務組合を通じて「特別加入」していれば補償を受けられます。
特別加入していない場合は、どんなに現場でケガをしても労災保険の給付は受けられません。
そのため、現場に入る前に加入状況を確認しておくことが非常に重要です。
特別加入は、労働保険事務組合や商工会議所などで手続きできます。
外国人技能実習生がケガをしたら?
外国人技能実習生も、労災保険の対象です。
雇用契約を結んでいる以上、国籍に関係なく労災保険が適用されます。
事故が起きた場合は、他の労働者と同じように労災保険の請求手続きを行います。
ただし、制度次回の理解ができていない場合や、外国語での説明が必要なケースもあります。
労災保険の給付は日本国内での事故に限られます。
書類は日本語で提出しますが、翻訳支援を行うことも可能です。
実習生本人にも「労災保険が使える」ことを事前に説明しておくと安心です。
労災保険の手続きは、書類の種類や提出先が多く、初めての方には複雑に感じることもあります。
特に建設業では、元請・下請・一人親方など立場によって対応が異なるため、専門家のサポートがあると安心です。
おさだ事務所では、建設業の労災保険請求や特別加入、労働保険の年度更新など、現場に即した実務支援を行っています。
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