建設業界では、工事が完了しても工事代金が支払われない「未払いトラブル」が起きています。
元請けの資金繰り悪化や検収の遅れ、契約書の不備などが原因となり、下請け業者が大きな負担を抱えるケースも多くあります。
未払いを放置すると、請求ができなくなり泣き寝入りせざるを得ない状況となるので、早期対応が不可欠です。
今回は、工事代金未払いが発生する原因や対応、回収方法などを解説します。
工事代金未払いの原因と問題点

建設業界では、多くの企業や職人が一つの現場で仕事を行います。
契約関係が複雑なので、工事代金の支払いがスムーズに行われないケースも発生します。
元請と下請の立場の違いや、契約内容の不備、さらには業界特有の慣習が影響しているとも言われています。
工事代金が払われないことで下請業者は資金繰りが悪化し、経営が不安定になる大きな原因にもなります。
未払いが発生する原因
未払いが発生する主な原因は、次のとおりです。
- 元請けの資金繰り悪化により支払いが遅れる
- 工事完成後の検収が遅れて代金が支払われない
- 契約書に支払い期日が明記されていない
- 手形決済の不渡りが発生する
特に多いのは、元請け会社の資金繰り悪化による支払い遅延です。
検収が終わらないと工事が完了していないとされ、代金の支払いが先延ばしになります。
また、契約書の不備もトラブルにつながります。
口約束や曖昧な条件では、まだ払わなくてもよいと解釈される危険があります。
さらに、建設業界特有の手形取引に依存している場合、不渡りが発生すると代金が支払われない事態にもなります。
未払いを放置するリスク
- 時効が過ぎると法的に請求できなくなる
- 証拠保全を行わないと立証ができなくなる
民法では、工事代金のような債権は原則5年で消滅すると定められており、期限を過ぎると請求する権利そのものがなくなってしまいます。
催促や法的手続きに動かないまま時間が経つと、泣き寝入りの危険性が高くなります。
証拠保全とは、将来の裁判や法的手続きに備えて、証拠が失われないように確保しておくことです。
証拠を残さずに放置すると、後から裁判で代金を請求できる契約だったのかと争われ、立証が難しくなることもあります。
下請業者にかかる負担
- 資材費や人件費の立替負担が重くなる
- 元請けからの一方的な値引き要求
- 追加工事や変更工事の代金が認められない
- 契約書が不十分で支払い条件が曖昧
工事代金が支払われないと、最も大きな影響を受けるのは下請け業者です。
資材費や人件費を立て替えているため、未払いが続くと資金繰りが厳しくなり、日常の経営を圧迫します。
特に中小規模の業者では、数件の未払いだけで倒産の危険に直結することもあります。
さらに、元請けから一方的に値引きを求められるケースもあり、正当な代金を受け取れないまま工事を進めざるを得ない状況に追い込まれます。
追加工事や変更工事の費用が認められない場合も多く、労力やコストだけが増えて利益が残らないという問題が生じます。
また、契約書の内容が不十分な場合、請求の根拠が弱くなり、法的に回収するのが難しくなります。
工事代金未払い時の対応方法

下請業者にとって工事代金の未払いは、資金繰りや経営に直結します。
未払いに気づいた時点で速やかに行動し、手順を踏んで対応することが重要です。
初動対応の早さが、その後の回収の可能性を左右します。
感情的に動くのではなく、冷静な対応が必要です。
請求書や契約書の証拠保全
- 契約書の原本やコピーを保管する
- 請求書や領収書を整理する
- 工事写真や日報を残す
- メールやFAXのやり取りを保存する
工事代金の未払いトラブルでは、「工事をした事実」や「支払いの約束」があったことを証明できるかどうかが非常に重要です。
証拠が揃っていれば、相手が支払いの約束はなかったと主張しても反論できます。
一方、証拠が不足している場合は裁判で請求が認められない可能性が高まります。
初期段階での催促の方法
- 電話やメールでの確認
- 書面での請求書再送
- 支払い計画の相談
- 記録を残す
まずは、支払い期日を過ぎている旨を連絡します。
相手が単純な確認漏れや事務処理の遅れである場合もあるため、柔らかい表現で伝えることが大切です。
請求書を再度送付し、支払い期日を明記して催促します。
書面で残すことで請求した事実が残り、証拠になります。
相手が資金繰りに困っている場合は、分割払いなど柔軟な方法を提案することも有効です。
必ず書面に残して証拠にするようにしましょう。
催促のやり取りは、メール・FAX・書面など証拠が残る方法を選びます。
電話の場合は「いつ・誰に・どんな内容を伝えたか」をメモしておくことが重要です。
内容証明郵便の効力と出し方
工事代金の未払いが続く場合、効果が期待できる催促手段が内容証明郵便です。
「いつ、誰に、どんな内容を送ったか」を郵便局が証明してくれる制度で、相手に対して法的に有効な通知を送ることができます。
単なる電話やメールよりも重みがあり、支払いを正式に求めているという意思を明確に示すことができるため、相手に心理的なプレッシャーを与える効果もあります。
出し方は以下の通りです。
- 請求内容を文章にまとめ、支払い期日や金額を記載
- 郵便局で「内容証明郵便」として差し出す
同じ文書を3通用意し、1通は相手に送付、1通は郵便局に保管、もう1通は自分の控えとして残します。
後に裁判になった場合でも、内容証明郵便があれば請求したという証拠になります。
下請業者ができる工事代金の回収方法

工事代金の未払いが長引くと、下請業者の経営や資金繰りに深刻な影響を及ぼします。
こうした状況に備えて、下請業者を守るために法律や制度が定められています。
法的な裏付けのある手段を講じることで、未払いトラブルの解決につながる可能性が高まります。
次に、下請業者が工事代金を確実に回収するために活用できる方法を解説します。
法で定められた権利を履行する
留置権とは
「工事で使った資材や完成した建物を引き渡さずに保管しておくことで、支払いを促す権利」(民法第295条)
同時履行の抗弁権とは
「工事代金が支払われない場合、工事の成果物を引き渡さないでよいと主張できる
権利」(民法第533条)
工事代金が支払われないとき、下請け業者には法律で認められた権利があります。
その一つが留置権です。
代金が支払われるまで成果物を渡さないことで、相手に支払いを迫ることができます。
もう一つが同時履行の抗弁権 です。
代金の支払いと工事の引き渡しは同時に行うべきという考え方に基づく権利です。
相手が支払いをしない場合には、工事を進めたり成果物を渡したりする義務はないと主張できます。
これらの権利を正しく理解しておけば、法的に認められた方法で自分を守れます。
立替払い制度を利用
立替払い制度とは工事代金や賃金の未払いが発生した際に、元請業者や行政が一定の範囲で代わりに支払う制度
下請け業者や労働者に不利益が生じないように設けられており、建設業界の安全網として重要な役割を果たしています。
建設業界は「重層下請構造」と呼ばれています。
これは元請から一次、二次、三次と複数の下請け業者が連なって工事を進める構造をいいます。
途中の下請け業者が倒産したり資金繰りに行き詰まったりすると、その下で働く業者や職人に工事代金や賃金が支払われないケースが発生します。
こうした事態を防ぐために、次のような立替払い制度が設けられています。
立替払い制度(建設業法)
特定建設業者には、下請け業者や労働者に未払いが生じた場合、建設業許可権者(国土交通大臣や都道府県知事)が必要に応じて立替払いを勧告できる
未払賃金立替払制度(厚生労働省)
会社が倒産して労働者に賃金が支払われない場合、労働基準監督署や労働者健康安全機構を通じて、未払い賃金の一部を国が立て替えて支払う制度
制度の利用には要件があるので、事前に確認しましょう。
行政指導による解決
行政指導とは、国土交通省や都道府県の建設業担当部署が、建設業法に基づいて元請け業者に改善を求めることをいいます。
建設業法では、元請け業者が下請け業者に対して不当な支払い遅延や代金の減額を行った場合、行政庁が調査を行い、必要に応じて指導や勧告を出すことができます。
ただし、行政指導はあくまで改善を促すものであり、強制的に支払いを命じるものではありません。
そのため、最終的に回収が難しい場合は裁判などの法的手段に進む必要があります。
裁判による工事代金回収
まず、裁判所に申し立てを行い、相手に代金を支払うようにという督促状を送ってもらえる支払督促を行います。
手続きが比較的簡単で費用も抑えられるため、未払いが明らかな場合に有効です。
相手が支払いに応じない場合は、工事代金請求訴訟を起こします。
訴訟では契約書や請求書、工事の記録などを証拠として提出し、裁判所に支払いを命じてもらいます。
判決が確定すれば、相手は法的に支払い義務を負うことになります。
それでも支払いが行われない場合には、強制執行に進みます。
最終的には、裁判所の権限により相手の預金や不動産などの財産を差し押さえることで、代金を回収できます。
工事代金未払いの防止策

工事代金の未払いは、発生してから対応するのでは大きな負担となり、解決までに時間も労力もかかります。
だからこそ、トラブルを未然に防ぐための準備が重要です。
契約の段階で支払い条件をしっかり確認し、取引の方法に注意を払うことで、未払いのリスクを大きく減らすことができます。
契約書のチェックと支払い条件の確認
工事代金の未払いを防ぐために重要なのは、契約書をきちんと作成し、内容を細かく確認しておくことです。
契約書には、工事の範囲や金額だけでなく、支払いの期日や方法を明確に記載する必要があります。
また、追加工事や変更工事が発生した場合の取り扱いも契約書に記載しておくことが大切です。
記載が曖昧だと、追加分は払わないと言われてしまう可能性もあります。
さらに、契約書の署名や押印を双方で行い、控えを必ず保管しておくことも証拠保全の観点から重要です。
手形取引時の注意点
建設業界では、工事代金の支払いに手形が使われることがあります。
しかし、手形取引には不渡りになる可能性があります。
期日が来ても銀行で支払いができず、代金を受け取れない事態が起こり得ます。
また、手形は現金化までに時間がかかるため、資金がすぐに手元に入らない点も負担になります。
手形での支払いを受ける場合は、期日や金額を契約書に明記すること、相手の信用状況を確認することが重要です。
可能であれば、現金払いを基本とし手形は補助的な手段として位置づけましょう。
よくある質問(FAQ)

瑕疵を理由に支払いを拒否されたらどうする?
工事に瑕疵(欠陥)があることを理由に施主が代金支払いを拒否した場合でも、必ずしも全額拒否が認められるわけではありません。
契約内容との客観的な不適合があるかどうかを確認し、軽微な不具合なら支払い拒否は認められにくい傾向にあります。
構造上の問題や安全性に関わる大きな不具合がある場合は、修補が完了するまで代金支払いを拒否できるとされています。
まずは契約書や設計図を確認し、問題となっている不具合が本当に「契約不適合」に当たるのかを客観的に判断します。
軽微な不具合であれば修補を行い、必要に応じて代金の一部を減額するなどの対応をします。
さらに、修補にかかる費用については損害賠償として請求し、工事代金と相殺する方法もあります。
それでも不当な全額拒否が続く場合には、法的手段を検討します。
元請が倒産したら工事代金は回収できる?
工事代金を回収できるかは状況によって異なります。
破産手続きでは管財人が財産を管理し債権者に分配しますが、下請の工事代金は一般債権として扱われるため全額回収は難しいのが現実です。
一方、民事再生や会社更生では再生計画に基づき一部支払いが行われる可能性があります。
工事の成果物をまだ引き渡していない場合には留置権を行使できる場合もあります。
最終的には債権届出や法的手続きが必要です。
契約書や請求書などの証拠を整理し、専門家に相談しながら複数の手段を組み合わせることが重要です。
契約書がない場合でも請求できる?
工事代金の請求は可能です。
民法では、契約は当事者間の合意で成立します(民法第522条)。
工事請負契約においても仕事の完成と報酬の支払いの合意があれば有効です。
一方、建設業法においては契約書の交付が義務付けられています(建設業法第19条)。
契約書がないことで立証のハードルは高くなるため、未払いが続く場合は弁護士など専門家に相談し、早期に法的手段を検討することが望ましいです。
公共工事で未払いが発生したら?
公共工事では履行保証や前払金保証といった制度も整備されており、元請業者が倒産した場合でも下請け業者が一定の保護を受けられるようになっています。
また、公共工事では民間工事に比べると未払いが起こる可能性は一般的に低いとされています。
公共工事は国や地方自治体などの公的機関が発注者となるため、基本的には予算に基づいて支払いが保証されているためです。
しかし、元請業者が資金繰りに行き詰まった場合には、下請業者への支払いが滞ることがあります。
この場合は、建設業法に基づく立替払い制度が活用されます。
工事代金の未払いや契約トラブルは、初動対応を誤ると回収が難しくなるケースも少なくありません。
おさだ事務所では、建設業法や契約実務に精通した行政書士が、状況に応じた適切な対応を丁寧にサポートしています。
書面作成や法的整理に不安がある方は、早めの相談がおすすめです。
【参考サイト】
建設産業・不動産業:建設工事の請負契約に関する相談窓口(建設業取引適正化センター) - 国土交通省
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